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父の靴と、背中の記憶

父の靴と、背中の記憶
朝の身支度を終え、椅子に腰を下ろすと、また一つ、懐かしい記憶が浮かんできた。
父の靴を磨く時間のことだ。
黒く、ずっしりとした革靴を前にすると、自然と背筋が伸びた。

父は多くを語る人ではなかったが、靴を見れば、その人の一日が想像できると、よく言っていた。
靴墨の匂い、布で磨いたときの革の光沢。
丁寧に磨けば磨くほど、靴は静かに応えてくれた。

父が玄関で靴を履く後ろ姿を、少し誇らしい気持ちで見ていた自分がいた。
役に立てている、家族の一員として認められている、そんな感覚が胸にあったのだと思う。

今朝、ふと自分の靴を見る。
決して高価なものではないが、汚れを落とし、形を整えてやると、やはり気持ちが引き締まる。

父が教えてくれたのは、靴の磨き方だけではなかった。
毎日を丁寧に扱うこと、自分の役割をきちんと果たすこと。
その姿勢は、今も自分の中に息づいている。

父の背中を追いかけていた少年時代から、いつの間にか、自分も誰かの背中になっているのかもしれない。そう思うと、少し照れくさく、同時に責任の重さも感じる。

それでも、こうして思い出せることがあるのは、幸せなことだと、しみじみ思う。

明るい気持ちになる言葉
受け継がれる思いは、今も確かにここにある

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