
今日は一日を通して、昭和の時間がゆっくりと流れているように感じた。
洗濯物が風に揺れる様子を眺めていると、石炭ストーブのある部屋の、少し煤けた匂いまで思い出される。
昭和の冬、朝はまずストーブに火を入れるところから始まった。
火箸で石炭を組み直し、空気口を調整しながら、炎の様子を見る。
勢いが強すぎてもいけない、弱すぎると部屋が温まらない。その加減を、親は黙々とやる。
昨夜見た川越のさつまいもスイーツは洗練されていたが、私の記憶に残るのは、石炭ストーブの前で食べた焼き芋だった。
新聞紙を広げ、灰が落ちないよう気をつけながら、手のひらを温めつつ食べる。
甘さは控えめだったが、その分、安心感があった。
昭和の家は寒かった。廊下や便所に行くときは、覚悟が必要だった。
それでも、ストーブの前だけは別世界だった。
今日の暖かな陽射しは、その「火のある場所」の記憶を、やさしく今につなげてくれた。
明るい気持ちになる言葉:
「暮らしの火は、人の心を支えている」

