
夕方になると、母の「そろそろ帰ってきなさいよ」という声が遠くから聞こえてきました。
その声と一緒に漂ってくるのが、やはり焼き魚の匂いでした。
私は遊び足りない気持ちを抱えながらも、その匂いに背中を押されるように家へ向かう。
家に入ると、ちゃぶ台の上には大根おろしと焼きたてのさんま。
皮がぱりっと割れ、湯気が立ちのぼっています。
父と母と私と妹、弟で「いただきます」を言いました。
外で嗅いでいた匂いの正体が目の前にあるだけで、なんとも言えない満足感が胸に広がった。
窓の外では、また別の家から煙が上がっています。
その煙の向こうにも、それぞれの家族の食卓があるのだと思うと、子どもながらに不思議な安心感を覚えました。
自分の家だけでなく、町全体が夕ごはんの時間を迎えている。
そんな一体感が、当時の私には当たり前の風景でした。
豪華ではない食事、特別でもない一日。
それでも、あのさんまの匂いに包まれていた時間は、間違いなく幸せだったのだ。
煙の向こうに広がっていたのは、暮らしそのものの温かさだったのです。
明るい気持ちになる言葉:
「小さな幸せに気づける心を、大切に」
