
昭和の校庭は、踏み固められた土の色をしていた。
雨が降ればぬかるみ、晴れれば白く乾き、風が吹けば土ぼこりが舞う。
飾り気のないその広い空間の端に、低い・中くらい・高い三本の鉄棒が並んでいた。
体育の時間、優しい男性の先生が、一人ひとりの逆上がりを見てくれた。
怒鳴ることも急かすこともない。
ただ静かに頷きながら、「よし、やってみよう」と声をかけてくれる先生だった。
順番を待つ時間が、やけに長く感じた。
友達が軽やかにくるりと回るたびに、胸がぎゅっと縮む。
いよいよぼくの番。
中くらいの高さの鉄棒を握る。冷たい鉄の感触が、手のひらにじんわり伝わる。
勢いをつけて足を振り上げる――が、体は上がらない。
ぶら下がったまま、足が空を切る。
先生は言った。
「大丈夫だ。今はまだ力の入れ方を覚えている途中だよ。」
その言葉が、どれほど救いになったか。
できなかった事実は変わらないのに、心は少し軽くなった。
あの日、ぼくは初めて知った。
優しさは、人を甘やかすものではない。前を向かせる力なのだと。
明るい気持ちになる言葉:
『まだ途中』ということは、可能性が無限にあるということ。
