
肝油ドロップは、たくさん食べるものではなかった。
ブリキの缶の中にある数は決まっていて、一日に許されるのは、いつも一粒。
もっと欲しいと思ったことも、きっとあったはずなのに、
その気持ちは不思議と強く残っていない。
代わりに残っているのは、一粒を大事に舐めていた感覚だ。
噛まずに、溶けるのを待つ。
甘さが少しずつ薄くなっていくのを、何となく惜しむ。
缶を閉める音がすると、その日の肝油ドロップは終わりだった。
残念というより、「そういうものだ」という静かな納得があった。
今は、何でも簡単に手に入る。
でも、簡単に手に入るものほど、記憶には残らない。
一粒だけだったから、あの甘さは、今もはっきり思い出せる。
明るい気持ちになる言葉:
「足りなかったから、覚えている」
