
隣の畑との境にあった柵は、私にとって秘密の通路だった。
手袋をはめた手でぎゅっと握り、慎重に、しかし誇らしげに進む。
納屋の屋根に足をかける瞬間は、少し緊張した。
けれど、登り切ったあとの達成感は格別だった。
今の子供たちは、きっと「危ない」と言われるだろう。
だがあの頃は、危険と隣り合わせの中に、自然な学びがあった。
転べば痛い。滑れば怖い。それを体で知ることが、生きる力になっていた。
屋根の上に立つと、遠くの山まで見えた。白い息を吐きながら、友だちと笑い合った時間。
「俺のほうが早いぞ!」
競い合いながらも、どこかで支え合っていた。
雪を落とし終えると、今度は庭の雪かきだ。
スコップは子供の手には少し大きかった。
それでも歯を食いしばり、父の真似をして雪を運ぶ。
父は多くを語らない人だったが、ふと目が合ったとき、ほんの少し頷いてくれた。
その一瞬が、どんな褒め言葉より嬉しかった。
柵を伝って登ったあの日々は、ただの遊びではない。
自分で道を見つけ、自分の足で進む練習だったのだと思う。
明るい気持ちになる言葉:
一歩踏み出せば、世界は広がる

