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急須の音、家族の時間

急須の音、家族の時間
昼に近づき、もう一杯コーヒーを淹れる。
苦味を感じながら、急須の蓋が少し鳴る音を思い出す。
あの音は、家族がそろっている証だった。

母が台所に立ち、父が座り、子どもだった自分が湯呑みを覗き込む。

家族全員が同じ空間にいることが、当たり前だった時代。
誰かが欠けることなど、想像もしなかった。

けれど、時間は流れ、家族の形は少しずつ変わっていった。
それぞれが別の生活を持ち、同じ番茶を飲むことはなくなった。

それでも、急須の音や番茶の香りは、今も記憶の奥にある。
コーヒーを飲みながらでも、その香りを思い出すことができる。
それは、失われたのではなく、形を変えて残っているのだと思える。

過去を懐かしむことは、弱さではない。むしろ、今を生きる力になる。
家族と過ごした時間があったからこそ、今の自分がいる。

その事実を、今日は素直に受け取ることができた。

明るい気持ちになる言葉
失われた時間は、心の奥で生きている

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