
いまの子どもたちは、拍子木の音を知っているだろうか。
スマートフォンも、動画もない時代。けれど、あの時間は確かに輝いていた。
紙芝居は、物語を聞く場所であり、友だちと肩を並べる場所であり、笑う場所だった。
あの場にいた僕は、たぶん世界一幸せだった。
特別なことは何もない。ただ、夕方に集まって、物語を聞いただけだ。
それでも、あの記憶は色あせない。
人は、大きな出来事よりも、小さな繰り返しでできているのかもしれない。
毎週鳴る拍子木。毎週集まる子どもたち。
その積み重ねが、僕の中の「昭和」を作った。
もし、もう一度あの音が聞こえたら。
きっと僕は、また走り出すだろう。
年齢なんて関係ない。
あの拍子木は、物語の始まりを告げる音だった。
そして今も、心の奥で、新しい物語を始めてくれている。
明るい気持ちになる言葉:
時を超えて届く、おじさんの「また来週」
