
家を出ると、もうそこは遊び場だった。
通学路はただの道ではなく、冒険の始まりだった。
石ころひとつにも物語があり、空き地の草むらには秘密基地の候補地が眠っていた。
学校へ向かう途中で、必ず誰かと合流する。
「おはよう!」と声をかけると、ランドセルが揺れ、笑い声が朝の空気を震わせた。
家と学校の境目なんて、実はなかった。町全体が、私たちの教室だったのだ。
授業も楽しかった。
先生の話に耳を傾けながら、窓の外の雲を見ていた時間さえ、なぜか愛おしい。
チャイムが鳴ると同時に椅子を引く音が一斉に響き、次の瞬間には校庭へ飛び出す。
「鬼やるぞ!」
その一声で世界は決まる。鬼ごっこ、缶蹴り、石けり。
勝ち負けはあったはずなのに、悔しさよりも笑いの方が大きかった。
夕方、家に帰ると、まだ友達の声が遠くで聞こえていた。
家の中にいても、外の世界とつながっている安心感があった。
今思えば、それは「孤独を知らない時間」だったのかもしれない。
大人になり、世界は便利になった。
けれど、あの頃のように「世界が全部、自分の味方」だと感じる瞬間は少なくなった。
それでも、ふと思う。
あの空は今も変わらず続いている。あの頃の私が見上げた空と、今日見上げる空は同じなのだ。
だから私は今日も前を向く。
あの頃の無邪気な自分が、今の私を応援している気がするから。
明るい気持ちになる言葉:
あの頃の空を連れて、私は今日を歩いていく。
