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記憶の隅に敷かれた、小さなゴザの物語

記憶の隅に敷かれた、小さなゴザの物語
夕方の空はまだ薄明るく、蝉の声が遠くで鳴いていた。

私は家の物置入れからゴザを引っ張り出し、肩に担いだ。
かわいい妹は麦わら帽子、元気な弟。二人とも妙に誇らしげだった。

あれは映画を観に行くというより、町全体の冒険だったのだと思う。

空き地に着くと、すでに人、人、人。
近所のおじさん、おばさん、友達、見慣れた顔ばかり、どこかよそゆきの空気が流れていた。

白いスクリーンは夕闇の中で浮かび上がり、まるで大きな夢の入り口のようだった。

映画の内容は覚えていない。
だが、妹が大声で笑い、弟が驚いて私の腕を掴んだ感触は忘れない。

私は二人の「頼りになる兄」でいたかった。
でも実際は、私も一緒になって声を上げて笑っていた。

あの夜、私は気づいた。
幸せは、特別なものじゃない。ゴザ一枚あれば、十分だった。

不便だったけれど、不満はなかった。むしろ、満ち足りていた。
今思えば、あれは人生で最初の「共同体のぬくもり」だったのかもしれない。

明るい気持ちになる言葉
👉「幸せのサイズは、広げたゴザの広さでいい」

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