
朝六時半。
月はすでに姿を消し、街灯も点いていないのに、外ははっきりと明るかった。
冬至を越えたころから、朝の光は確実に力を取り戻している。
ほんの一時間で風景が変わる季節に入ったのだと、身体が先に理解していた。
外に出ると、底冷えのする空気が肌に張り付く。
北海道の冬を思い出す寒さだ。
あの土地では、十月に入るころには、父が黙って冬支度を始めていた。
物置から薪を運び、割り、きれいに積み上げる。
言葉は少なかったが、背中を見て、「冬が来る」という事実は十分すぎるほど伝わってきた。
朝、薪ストーブに火が入るのは私の役目だった。
新聞を脇に置き、無言で火ばさみを動かす。
火が安定すると、アルミのやかんをそっと乗せる。そ
のやかんが鳴り始める音で、家の朝が本格的に始まった。
母はその音を合図に台所へ立ち、味噌汁の支度を始める。
昭和の台所は、今よりずっと寒く、床から冷えが上がってきた。
それでも母はエプロンを着て、手早く動いていた。
湯気と味噌の匂いが混じり合い、家の中が少しずつ生き返っていく。
成人式のニュースを聞きながら、そんな朝の記憶が重なった。
華やかな節目の裏側には、こうした何気ない積み重ねがある。
今日の明るい夜明けは、父と母の背中を、静かに思い出させてくれた。
明るい気持ちになる言葉:
朝はいつも、誰かの背中と一緒に始まっていた。
