
夕方になると、窓の外の明るさがゆっくりと薄れていく。
昼間の光が名残惜しそうに壁に残り、それが次第に影へと変わっていく様子を、ただ黙って見つめていた。冬の夕暮れは早く、気づけば一日の終わりがすぐそこまで来ている。
今日もまた、大きな出来事はなかった。
それでも、確かに一日分の時間を生きたという感覚が、静かに身体の内側に残っている。
年末という節目は、どうしても「できたこと」と「できなかったこと」を比べてしまう。
夕方は特に、その思いが強くなる時間帯だ。
今日の自分は、何を成し遂げただろうか。
そう問いかけてみても、はっきりとした答えは浮かばない。
けれど、しばらく考えてから気づく。
今日も、ここで一日を終えようとしている。それだけで、十分なのではないかと。
外では、きっと帰省の準備を終えた人たちが夕暮れの街を歩いているだろう。
家族の待つ場所へ向かう人、久しぶりの再会を思い浮かべている人。
その姿を想像すると、胸の奥に静かな寂しさが広がるが、それは冷たいものではない。
人と人がつながることの温かさを、少し離れた場所から感じているような感覚だ。
夕方の光が完全に消える頃、今日という一日を無理に評価するのをやめた。
ただ「よくここまで来た」と、自分に小さく声をかける。
その言葉は、誰かに聞かせるためのものではない。自分の心が、少しだけ緩むための言葉だ。
明るい気持ちになる言葉:
今日を終えられた自分に、そっと丸をつけてあげたい。
