
「見てろよ。」
そう言って私は、少し得意げに黒い自転車を押し出した。
友だちが集まる空き地の端、土がむき出しになった場所が、私たちの練習場だった。
三角乗りは簡単ではない。
サドルにまたがらず、フレームの下から片足を通し、体を傾けながらペダルを踏む。
バランスを崩せばすぐ転ぶ。
最初は何度も失敗した。
足がもつれ、ハンドルがぶれ、土の上に転がる。ひじが擦りむけて、砂が入り込むと少し痛い。
けれど、それ以上に「悔しい」という気持ちが強かった。
「大丈夫か?」
「もう一回やれよ!」
友だちの声が飛ぶ。からかい半分、応援半分。それがまた嬉しかった。
もう一度、深呼吸をする。
黒い自転車のハンドルを握る手に力を込める。ペダルを踏み込む。体を傾ける。
すうっと前に進んだ。「あっ、できてる!」
自分でも分かる。今までと違う。体が揺れない。ペダルの回転がなめらかだ。
風が頬をかすめ、視界の端で友だちが走ってついてくるのが見える。
「おおーっ!」
歓声が上がる。その声を背中に受けながら、私は少し長めに走ってみせた。
止まった瞬間、胸が大きく上下していた。苦しいのに、顔は笑っていた。
失敗すれば笑われる。成功すれば拍手が起きる。
どちらでも、そこには仲間の声があった。
昭和の道は、今よりずっとのどかだった。
舗装はところどころ剥げ、砂ぼこりが舞う。
道端には雑草が生え、空き地には背の高いすすきが揺れていた。
車の通りは少なく、たまにトラックが通ると、私たちは自転車を止めて道の端に寄った。
夕焼けが町を赤く染めるころ、空は広く、雲はゆっくり流れていた。
時間が今よりもずっとゆったり進んでいた気がする。
風を切る音。チェーンのかすかなきしみ。
友だちの笑い声。遠くで「ごはんよー」と呼ぶ母親の声。
「もう帰らなきゃな。」
そう言いながらも、あと一回、あと一回と走り続ける。家に帰れば叱られるかもしれない。
でも、この時間が終わるのが惜しかった。
黒い自転車は、私の翼だった。
それに乗れば、どこまでも行ける気がした。
転んでも、立ち上がればまた走れる。
友だちと肩を並べて走るだけで、未来まで明るく続いているように思えた。
あの放課後の三角乗りは、ただの遊びではなかった。
勇気を出して挑戦すること。失敗しても笑い合えること。成功をみんなで喜べること。
あの時間があったから、今の私がいる。
夕焼け色の空と黒い自転車は、今も心の奥で静かに輝いている。
明るい気持ちになる言葉:
向かい風に立ち向かう横顔が、いつの間にか凛々しく上を向く。
