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娯楽は一つで足りていた

娯楽は一つで足りていた
映画館に行くのは特別な日で、日常の娯楽といえば、やはりテレビだった。
ゲームも動画もない時代、選択肢は少なかったが、不満を感じたことはない。

むしろ、その限られた中で楽しむ工夫を、自然と身につけていたように思う。

テレビ番組が始まるまでの時間、家族で他愛もない話をし、コマーシャルの間には感想を言い合う。そのすべてが、娯楽の一部だった。

子どもだった私は、番組の内容以上に、家族の反応を見るのが好きだった。
父が静かに笑う瞬間や、母が驚いた声を上げる場面。

妹と弟が同時に声を出して笑うと、なぜか自分まで嬉しくなった。
娯楽が一つしかないからこそ、そこに集まる時間が濃密だったのだと思う。

画面の向こうの世界よりも、隣にいる家族の存在が、何よりも大きかった。

今振り返ると、あの頃のテレビは、単なる映像装置ではなく、家庭の中心だった。
限られた娯楽の中で育った感性が、今の自分の土台になっていることを、しみじみと感じる。

明るい気持ちになる言葉
足りないからこそ、心は豊かだった。

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