
昭和の頃、電話はどの家にもあるものではなかった。
我が家にも当然なく、急ぎの用事があるときは、近所のお米屋さんまで走って行ったものだ。
お店の戸を開けると、米ぬかの匂い、はかりの金属が混じった、独特の空気が広がっていた。
「すみません、電話を貸してください」
そう声をかけると、店のおばさんは慣れた様子で受話器を差し出してくれた。
通話が終わるまで、少し離れたところで待つおばさんの背中が、今も目に浮かぶ。
電話は私的なものではなく、地域で共有する大切な道具だった。
また、誰かに電話がかかってくると、
「〇〇さん、電話ですよ」と、知らせに来てくれる家があった。
たしか五分ほど歩いた先だったと思う。
呼びに来てくれた人に礼を言い、慌てて家を出る。
その途中、息を切らしながらも、なぜか不思議な高揚感があった。
今の便利な暮らしでは考えられないが、あの頃は、人と人との間に自然な助け合いがあった。
電話一つ取っても、そこには人の気配が必ずあった。
午後の静かな時間に思い出すその光景は、今も私の心を温かくしてくれる。
明るい気持ちになる言葉:
人と人の距離は、歩いた分だけ近くなる。

