
昭和の校庭。赤白帽子、砂煙、応援の声。
あの日の情景は、今でも鮮明だ。
小学三年生の私は、ただ必死に走り、ただ必死に喜び、少し悔しがっていた。
あの経験があったから、私は「完璧でなくてもいい」と思えるようになったのかもしれない。
三位という順位は、人生でいえば決して特別ではない。
けれど、あの時の私にとっては、全力を出し切った証だった。
父の言葉、母の笑顔、友達の声援。それらが重なり合って、私の心に根を張った。
「頑張れば、誰かが見ていてくれる」という安心感。
今でも何かに挑戦するとき、あのスタートラインを思い出す。
足が震え、心臓が鳴り、でも前を向いていた自分を。
あの秋空の下で走った百メートルは、たった十数秒の出来事だった。
それでも、その十数秒が、今の私を支えている。
三位の鉛筆は消えても、あの誇りは消えない。
私は今日も、あの日の続きを生きている。
明るい気持ちになる言葉:
過去の全力は、未来の自信に変わる。
