
石炭ストーブの赤い火を見つめると、胸の奥がじんわり温かくなる。
あの頃の冬は寒かったはずなのに、思い出の中の私は不思議と寒さを感じていない。
代わりに、母の手の温もりと、おにぎりの湯気が心を包んでいる。
長男として「しっかりしなきゃ」と思いながらも、焼き網の上でこんがり色づくおにぎりに、誰よりも目を輝かせていた自分がいる。
どうして、あんなに美味しかったのだろう。
特別な具が入っていたわけでもない。
ただ、白いご飯を子どものおやつにちょうどいい大きさに握り、味噌や醤油を塗って焼いただけ。
それなのに、あれ以上のご馳走はなかった。
きっと味だけではなく、母がそばにいて、妹と弟が隣にいて、三人並んで焼き上がりを待つ時間そのものが、最高の調味料だったのだ。
ストーブの網の上に並べられたおにぎりを、母がそっとひっくり返す。
ジュッと小さな音がして、醤油の焦げる匂いが広がる。
私は背伸びしてその様子を覗き込み、妹は「まだ?」と何度も聞き、弟は待ちきれずに指を伸ばそうとして叱られる。
配達してくれたお米屋さんの袋が、台所の隅に立てかけてあるのを見ながら、私はなぜか誇らしい気持ちになっていた。
「ほら、焦げ目がついたよ」
「やった!ぼくの大きい?」
「順番よ、長男からね」母の声はいつも優しかった。
私は少し得意げに一番に受け取りながらも、妹と弟の顔を横目で見て、半分に割って分けてやることもあった。
あの小さなやりとりが、家族のかたちだったのだと思う。
明るい気持ちになる言葉:
あたたかさは、いつも台所から生まれる。

