
台所いっぱいに広がる湯気。
昭和の家は広くはなかったが、蒸し器から立ちのぼる湯気で、さらに狭く感じた。
それでも、そこには幸せが詰まっていた。
母の手は早い。団子をのばし、餡を包み、笹で挟む。
無駄のない動き。私はその横でじっと見ていた。
「ちゃんと見ておきなさいよ」と母が言う。
私はうなずいたが、本当はただ甘い匂いに夢中だった。
蒸し上がった団子を、家族で囲む。
一人一つずつ。特別なごちそうではない。でも、その一つが嬉しかった。
今は何でも買える時代だ。だが、あの団子の味は買えない。
笹を取りに行く時間も、家族で蒸し上がりを待つ時間も、全部が味の一部だったのだ。
私は思う。不便さは、時に幸せを濃くする。
明るい気持ちになる言葉:
手から手へ伝わる温度が、何よりのごちそうになる。

