
昭和の秋は、空がやけに高かった。
小学三年生だったあの年の運動会も、雲ひとつない青空の下で行われた。
校庭の土は乾いていて、白線は石灰の匂いをふわりと漂わせていた。
胸に付けたゼッケンは、母が前の晩に縫い直してくれたもので、少し糸が曲がっているのがかえって愛おしかった。
私は足が特別速いわけではなかった。
それでも、百メートル走の順番が近づくにつれて、胸の奥が熱くなった。
スタートラインに立つと、周りの子の息遣いが聞こえる。
先生のスタート合図の音が鳴った瞬間、私は何も考えずに走った。
風が耳元を切り、地面を蹴る自分の足音だけがやけに大きく響いた。
結果は三位。
ゴールテープを切ることはできなかった、走り抜いた自分の足が震えていたのを覚えている。
悔しさもあった。
それ以上に「最後まで走れた」という安堵と、小さな誇らしさが胸いっぱいに広がった。
表彰でもらったのは一本の鉛筆だった。
金色の文字が印刷された、少し光沢のある鉛筆。
今思えば、どこにでもあるようなものだ。
それでも、あの時の私は宝物を手にした気持ちだった。
家に帰って父に見せると、「三位か、たいしたもんだ」と言ってくれた。
その一言が、何より嬉しかった。
母は「よく頑張ったね」と笑い、私は何度も鉛筆を撫でた。
あの日、私は順位よりも「努力が形になる喜び」を知ったのだと思う。
三位の鉛筆は、私の小さな自信の種だった。
明るい気持ちになる言葉:
三位の鉛筆と、父がくれた「一等賞」の言葉。

