
台所で料理をしているお母さんの後ろ姿を、ぼくはぼーっと見ていた。
フライパンからいいにおいがして、包丁のトントンという音が聞こえる。
いつもと同じ光景なのに、なぜか今日は目が離せなかった。
「あれ?」と思った。
お母さんの背中が、前より少し小さく見えた気がしたからだ。
小さいころは、お母さんはすごく大きく見えた。
こわい夢を見たときも、学校でイヤなことがあったときも、
お母さんの後ろにいれば、なんでも大丈夫な気がしていた。
でも今は、なんだかちがう。
お母さんの背中はやさしいけど、少しつかれているようにも見えた。
お母さんは、いつもと同じように料理をしている。
何も変わっていないはずなのに、胸の中が少しだけぎゅっとした。
「この時間って、ずっと続くのかな」
そんなことを考えてしまった自分に、ぼくは少し驚いた。
前は、早く大きくなりたいと思っていた。
早く一人でなんでもできるようになりたかった。
でも今は、この家で、お母さんが料理をしている時間が、
ずっと続いてほしいと思っている。
人の気持ちは、知らないうちに変わるんだな、と思った。
お母さんの背中は、何もしゃべらない。
でも、だいじなことをたくさん教えてくれている気がした。
だから今日は、
「ぼく、なにか手伝うよ」
そう言ってみようと思った。
明るい気持ちになる言葉:
何気ない日常こそが、いちばん価値のある時間だ。
