
玄関の引き戸を開けて、いつものように「ただいま」と声を出した。
その声は、意識しなくても自然と出る。
まるで呼吸のように、体に染み込んだ習慣だ。
少し間をおいて、台所の方から母の声が返ってくる。
「お帰り」
たったそれだけのやり取りなのに、胸の奥のどこかがふわりと温かくなる。
私はこのやり取りを、何十年繰り返してきたのだろう。
子どもの頃は、これが当たり前すぎて、何も感じなかった。
学生の頃は、むしろ鬱陶しく感じた時期もあった。
社会人になってからは、疲れた心にこの言葉が染みるようになった。
同じ言葉なのに、受け取り方がまったく違う。
変わったのは言葉ではなく、私のほうなのだと思う。
「ただいま」と言える場所があること。
「お帰り」と返してくれる人がいること。
それは、何気ない日常の風景でありながら、
人生の中でとても大切な土台なのかもしれない。
台所では、味噌汁の香りが漂っている。
テレビの音が小さく流れている。
ずっと変わらないこの家に守られながら、私は一つずつ歳を重ねてきた。
もしかしたら、このやり取りも、永遠ではないのかもしれない。
そう思った瞬間、この何気ない一言が、宝物のように思えてきた。
今日は、少しだけ優しい気持ちで夕飯を食べられそうだ。
明るい気持ちになる言葉:
「おかえり」があるだけで、心はまた前を向ける。

