
町内会では、季節ごとに子どもが楽しめる催し物があった。
大人になって気づく。あの何気ないラジオ体操の朝が、一番の贅沢だったことに。
夏休みの朝、ラジオ体操。
まだ空気が少しひんやりしていて、朝露が草の先に残っている時間帯。
妹と弟と三人で、遅刻しないように走った。走るたびにサンダルの裏がパタパタ鳴る。
弟はいつも少し遅れて、妹は負けじと前へ出る。
私は長男として「急げ!」なんて言いながら、実は自分が一番焦っていた。
会場の入り口で、役員のお兄さんがスタンプ台を手に、一人ひとりの到着を静かに待っている。
出席カードに「ポンッ」と押されるあの音。あれが妙に嬉しかった。
たった一つのスタンプなのに、自分がちゃんとそこにいた証のようで、誇らしかった。
体操の動きなんて、今ではほとんど覚えていない。
でも、並んで背伸びをした時の空の広さと、朝日がじわっと差してきたあの感覚は忘れない。
面倒だと感じていたあの朝の空気も、実は大人たちが用意してくれた「居場所」だった。
カードに刻まれたスタンプは、私たちが無事に朝を迎えたことを、誰かが確認してくれていた証(あかし)だったのだ。
「守られている」なんて言葉、当時の僕の辞書にはなかった。
それでも、あの夏の一日一日は、地域の大人たちの静かな祈りに守られていたのだ。
あの時流した汗と弾む息。
そのすべてが、時を経た今も胸の奥で心地よい体温となって生きている。
明るい気持ちになる言葉:
「皆勤賞」への一歩ずつが、未来の自分を照らす光になる。

