PR
スポンサーリンク

豆腐の湯気の向こうに見えた、大人の背中

豆腐の湯気の向こうに見えた、大人の背中
商店街の豆腐屋さん。
大きな鍋から立ち上る白い湯気の向こうで、無口なおじさんがいつも黙々と働いていた。

子どもの私には、あのおじさんが少しだけ強面(こわもて)に見えていた。
でもそれは、おじさんがとても静かで、不器用な人だったから。

自分から話しかける勇気はなかったけれど、その横顔には、いつも穏やかな時間が流れていた。

でも今思う。あの背中は「生活」そのものだったんだな、と。

毎日同じ時間に店を開け、同じ場所に立ち、同じ手つきで豆腐をすくう。
その繰り返しが、どれだけの家庭の食卓を支えていたんだろう。

あの白い湯気は、ただの蒸気じゃなくて、誰かの晩ごはんの湯気だったんだ。

子どもの頃は、働く大人の姿なんて背景みたいなものだった。
でも今は違う。あの人たちがいたから、世界はちゃんと回っていた。

名前も知らない誰かの真面目さに、自分は守られていたんだと気づく。

自分はちゃんと、誰かの安心になれているだろうか。
そんなことを考えながら、今日は少しだけ丁寧にコーヒーを淹れた。

湯気のむこう、あの豆腐屋さんの朝があった。

明るい気持ちになる言葉
あなたの「いつも通り」は、誰かの「一生懸命」に守られている。

タイトルとURLをコピーしました