
朝の寒さに身をすくめながら起き出すと、家の中はまだ薄暗く、廊下の板張りの床がひんやりと足裏に伝わってくる。
昭和の家は断熱など今ほど整っていなかったが、その分、季節の移ろいを身体全体で感じていたように思う。
ストーブに火を入れると、しばらくしてからじんわりと部屋が温まり始める。
上に置かれたやかんの蓋がかたかたと鳴り、もうすぐお湯が沸く合図を知らせる。
その音を聞くたびに、朝が本格的に始まる気がした。
小学生の頃、外で思い切り遊んで帰ると、家の中の暖かさが別世界のように感じられた。
雪で濡れたズボンを脱ぎ、母に叱られながらもストーブの前に陣取る。
新聞紙を敷いて、その上に手袋や靴下を並べる作業は、どこか儀式のようだった。
その間、父は新聞を読み、母は台所で夕飯の支度をしている。
ラジオから流れる歌謡曲やニュースの声が、家全体を包み込む。
特別な会話がなくても、同じ空間にいるだけで安心できた。
今日の朝の冷え込みは、そんな記憶を鮮明に呼び起こしてくれた。
寒さは決して嫌なものばかりではない。
あの頃の家族の気配や、ストーブの前で過ごした静かな時間を思い出させてくれる、大切なきっかけなのだと、改めて感じた。
明るい気持ちになる言葉:
何気ない日常ほど、あとになって大切な宝物になる。

