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南風の朝と、変わらぬ祈りの時間

南風の朝と、変わらぬ祈りの時間
昨夜から吹き続けていた強い南風のおかげで、今朝は一月とは思えないほどやわらかな空気に包まれていた。

窓を開けると、冷たさよりも湿り気を帯びた風が頬に触れ、季節がほんの少しだけ足踏みをしているように感じられる。

冬の朝特有の身を刺すような冷え込みがないだけで、心の構え方もどこか穏やかになるものだ。

起きてからの行動は、毎日ほとんど変わらない。
顔を洗い、身支度を整え、静かな家の中で足音を忍ばせるように仏壇の前に座る。

マッチを擦ると、一瞬だけ立ち上る硫黄の匂いとともに、ろうそくの火が小さく揺れた。
その火を見つめていると、せわしない外の世界から切り離された、祈りだけの時間がゆっくりと流れ始める。

線香をあげ、「般若心経」を唱える声は、決して上手ではないが、言葉一つひとつを確かめるように口にする。

意味をすべて理解しているわけではない。
それでも、声に出して唱えることで、心の奥に溜まったざわつきが、少しずつ静まっていくのがわかる。毎日同じことの繰り返しだが、だからこそおろそかにはできない。

ここを崩してしまえば、自分の一日全体が歪んでしまうような気がする。

ふと、50代の前半で会社をたたんだ頃のことを思い出した。
仕事に区切りをつけ、少しばかりの蓄えが手元に残ったあの時、心にぽっかりと空白が生まれた。

その空白を埋めるように、空海――お大師様への関心が深まり、四国八十八ヶ所を巡る決意をしたのだった。

それも、あえて暑い夏の季節を選んだ。
楽な道を選ぶよりも、心と体の限界を知りたいという、今思えば少し無謀な思いがあったのだと思う。徳島空港に降り立ち、バスで第一番札所・霊山寺へ向かった時の、胸の高鳴りはいまでもはっきり覚えている。

今日の穏やかな朝は、そんな過去の自分をそっと呼び起こし、今の自分と静かにつなげてくれたような気がした。

明るい気持ちになる言葉
今日も手を合わせられる朝がある。それだけで、もう十分にありがたい。

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