
寒い朝を迎えた。
起床時間は七時四十五分。布団の中はまだ温かく、身体を起こすには少し勇気がいる。
目を覚ましたきっかけは、台所から聞こえてくる音だった。
水を流す音、鍋を置く音、ガスに火が入る低い音。
その一つひとつが、家がちゃんと動いている証のように思えた。
この感覚は、子供の頃の朝とよく似ている。
昭和の家は冬になると底冷えがして、布団から出るのがつらかった。
それでも、台所には必ず親の気配があった。
母は朝早くから起き、家族の支度をしていた。
特別に言葉を交わさなくても、その背中を見ているだけで「今日も一日が始まる」と感じられた。
父は多くを語る人ではなかったが、朝の身支度を整える音がすると、自然と背筋が伸びた。
仕事に向かう背中は大きく、子供心に頼もしさを感じていた。
あの頃は、それがどれほどありがたいことか、考えもしなかった。
今こうして静かな朝を迎えると、当時の親の苦労が少しずつ見えてくる。
寒い朝でも変わらず家を支えてくれていた存在があった。
その事実が、今の自分をそっと支えている。
明るい気持ちになる言葉:
見えないところで守られていた日々は、今も心の支えになっている。

