
5時30分に目が覚めた瞬間、まず頭に浮かんだのは自分の体の状態だった。
今日は動けるだろうか、ふらつきは強くないだろうか。
そんな確認を無意識にしてから、布団を出る。
完全に不安が消えることはないが、それでも起き上がれる朝が増えてきた。
今年初めての不燃ごみの日。
袋いっぱいのごみを手に取ったとき、これを外まで運べるかと一瞬ためらいがよぎる。
その一瞬の迷いが、今の自分をよく表している気がした。
メガネをかけずに外へ出ると、月明かりがぼんやりと道を照らしている。
形は判別できないが、確かにそこにある光。
左手にごみ袋、右手に杖を持ち、姿勢と歩幅に意識を集中させる。
ふらつきは完全には消えない。
けれど、「危ない」と感じるほどでもない。
その微妙な感覚の中で、一歩ずつ足を前に出す。
往復10分ほどの道のりが、今日は少し長く感じられた。
この一年、こうして自分の体と対話しながら生活する時間が増えた。
以前のように無意識に動けないもどかしさや、思うようにいかない悔しさを何度も味わった。
それでも、できない日ばかりではなかった。
できる日も確かにあった。その事実が、今朝の自分を外へ向かわせている。
家に戻り、まだ眠っている妻を起こさないよう静かに洗面所へ向かう。
顔を洗い、身支度を整えるだけで、少し気持ちが落ち着く。
台所で茹で卵の準備をする。妻は黄身が固すぎるのを好まない。
そのことを思い出しながら、火を弱める。
以前なら、自分の余裕のなさから、こうした気遣いを忘れてしまう日もあった。
今は、相手の好みを思い出せる心の余白が戻ってきたことを、静かにありがたく感じる。
朝食は食パンとコーヒー、茹で卵。
子どもの頃のご飯と味噌汁を思い出し、時代だけでなく自分自身も変わったのだと実感する。
7時10分、外が明るくなり、やわらかな日差しが差し込む。
その光を浴びながら、今日も何とかここまで来られたという、小さな安堵を胸に抱いた。
明るい気持ちになる言葉:
揺れながらでも、前に進んでいる事実は消えない。

