
夜はごちそうをいただく予定で、朝からそのことを思うだけで心が少し弾む。
年越しの食卓には、いつも特別な空気が流れる。
食べ物そのものよりも、そこに集う気持ちや記憶が、味を深くしてくれるのだろう。
子どものころの大晦日を思い出す。
師走の夕刊はいつもより重く、新聞配達を終えるころには手がかじかんでいた。
それでも急ぐのは、紅白歌合戦に出演する加山雄三さんを観るため。
テレビの前に座るその時間が、子ども時代の十二月三十一日の何よりの楽しみだった。
家族で近所の風呂屋へ行き、体を温めてから帰宅する。
湯気の残る体で囲む食卓には、いつもより少し豪華なおかずが並んでいた。
父は神棚を整え、供え物を置き、一年の感謝と新しい年への祈りを静かに捧げる。
その背中を、何も言わずに見ていた記憶が、今も心に残っている。
この一年、自分もまた、見えないところで踏ん張ってきた。
声に出さず、表に出さず、心の中で何度も折り合いをつけながら進んできた。
年末の食卓に並ぶ料理は、その努力への小さな労いなのかもしれない。
食べることは、生きること。
そして、誰かと同じ時間を味わうことは、心をつなぐこと。
今年も無事にこの日を迎えられたことに、静かな感謝が込み上げてくる。
明るい気持ちになる言葉:
思い出は、今を温める灯りになる

